物事を判断するため時間を費やす意義について
私は非常に優柔不断であるため、決断に時間を費やしてしまうことがあります。
例えば予約をする時です。
以前自動車学校に通学していた際の実技教習の予約です。
私が通っていた自動車学校では、スマートフォンを用いて実技の予約をとるシステムでした。
基本的に予約は前日の夜の7時ごろに解放されます。
その際、学生さんが一気に予約を取ってしまうので、基本解放15分後にはどのコマも予約が取れない状態となります。
私は、その15分間が非常に苦手でした。
その理由が、予約をした時間が本当に大丈夫な時間かをいつも考えてしまうからです。
もし、その時間帯で予約をしてしまうと、出席するべき授業に間に合わないのではないか。
または、出席するべき授業があったため、自動車学校へ遅刻するのではないだろうか。
このようなことをいつも考えてしまいます。
そのため、すぐにほかの人に予約を取られてしまいます。
結局、予定がなく空いている時間帯のコマの予約が埋まってしまうという経験がよくありました。
そのため、できるだけ時間をかけずに予約を取ろうと努力しました。
一方で、何も考えずに予約を取ってしまうことは良いことではない、ということも学びました。
理由は行き当たりばったりになってしまうからです。
実際に何も考えずに予約を取ってしまった時がありました。
その時間は予定が入っていたことが後にわかり、予約をキャンセルする必要がありました。
しかし、そのほかの予約はもう埋まってしまっています。
結局予約を取ることができませんでした。
つまり、慎重に物事を考えることは大切なことでもあると感じました。
これらより、何かを判断するときにはよく熟考し、後悔のないようにしようと考えました。